ONSEN・ガストロノミーウォーキング in 日南飫肥【宮崎県】
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【ONSEN・ガストロノミーツーリズムについて】

「ガストロノミーツーリズム」とは、欧米で普及している旅のスタイル。
その土地を歩きながら、その土地ならではの食をたのしみ、歴史や文化を知る旅のことをいいます。

ここに日本が世界に誇る「温泉」をプラスし、温泉地を起点に豊かな自然や景観地を歩いて巡りながら、その土地の食・酒や文化・歴史・風土などを体験する。

それが「ONSEN・ガストロノミーツーリズム」です。

【飫肥(おび)について】

〜飫肥藩伊東家の城下町〜

飫肥藩主を勤めた伊東氏は藤原氏南家の家系です。6代伊東祐持の時に、足利尊氏より所領を与えられ、代々日向の都於郡城を居城にその勢力を拡大しました。一度は島津氏に敗れて国を失い豊後国に落ちたものの、豊臣秀吉に仕えた祐兵が、天正15年の九州平定で功績をあげ、飫肥城を与えられます。以降280年余、飫肥藩を伊東氏14代が治めました。

明治期以降も、飫肥の町は南宮崎の政治経済の中心地でした。長期にわたって地域の政治的中心であったことから、城郭や歴史的建造物に加え、伝統芸能、年中行事が重層的に存在して、飫肥城下町の歴史的風致や景観を形成しています。

〜九州で最初の伝統的建造物群保全地区〜

飫肥では,三方を囲む酒谷川を天然の堀に見立て,地形の特徴を活かした地割りがなされました。城下は,飫肥城に近い所から,上級家臣,中級家臣,町人,下級家臣の住まいが配置されていました。武家屋敷は,格式に応じて門を構え,飫肥石(近郊で採掘される灰白系の凝灰岩)や玉石の石垣上にお茶等の生垣をめぐらしています。

明治時代以降,街路や地割はほとんど当時のまま残されたことから,石垣や生垣,門など武家屋敷の外構もよく保存され,周囲の自然環境とともに,全体として良好な歴史的風致を維持してきました。
そのため,昭和52年5月,地方における小規模な城下町の典型として,武家町を中心とするその一部(約19.8ha)が,九州で最初の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されました。